八村選手 八村選手
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八村塁選手 特別インタビュー企画

八村塁選手

特別インタビュー企画

2019年アメリカプロバスケットリーグのドラフトにエントリーし、日本人初となるドラフト1巡目指名の快挙を達成した八村塁選手。

夢をつかみ輝き続ける八村選手ですが、その夢をつかむまでの道のりは決して容易なものではありませんでした。

八村選手がどのようにして夢と出会い、つかみ取ることができたのか、どのように壁を乗り越えてきたのか、特別にインタビューさせていただきました。

幼少期から今に至るまで、八村選手の原動力に迫ります。

Q.八村さんは、現在米国プロバスケットボール界でご活躍されていらっしゃいますが、子どもの頃からの夢だったのでしょうか?

八村さん)

13歳の時にバスケを始め、その時に中学校のコーチに「お前はNBAに行く!」と言われた時からプロバスケの選手になるのが夢でした。

小学校の時は野球と陸上をやっていました。野球はピッチャーをしていたのですが、その当時僕の球が速すぎて僕とバッテリーを組む子がいなくてキャッチャーに変わりました。

Q.その当時、憧れていた選手はいましたか?

八村さん)

バスケを始めた時はよくカーメロ・アンソニーを見ていました。彼のプレーがすごく好きで、よくYouTubeで彼の動きを見て練習でマネをしていました。

当時はメジャーリーグで活躍されるプロ野球選手にも、とても憧れていました。

野球少年としてとても尊敬していましたし、メジャーリーグでのプレーを拝見していました。

Q.その当時、壁にぶち当たって悩まれたことはありますか?

八村さん)

当時はたくさん悩むことがありました。

13歳でバスケを始めた最初の頃は全然ダメで、チームでも一番背が高いのに全然チームに貢献できない時もありました。すごく悔しかったです。

ただ、バスケの練習や試合に出る度にすごく楽しくなってしまい、バスケに夢中になりました。

Q.その時は、どのようにして乗り越えられたのですか?

八村さん)

コーチとチームメイトの支えがあったからこそ、その壁を乗り越えられました。

“みんなのために頑張りたい”と思って、練習もたくさんしました。

Q.その後、ご活躍されるようになってから、海外遠征。そしてゴンザガ大学に進学されました。夢とはいえ、実際に一歩踏み出すとなった時に不安などはありましたか?

八村さん)

不安はたくさんありました。

やはり新しい国で、一人で生活できるのか、英語もあまり喋れないのにどうやってコミュニケーションを取ればいいのかとかすごく悩みました。

また文化も違うので、どうやってアジャストすればいいのかも考えました。

ただ、自分が決めたことでもありますし、夢を叶えるためには本場で経験するしかないと思いました。

家族、コーチ、チームメイトからのサポートがあり、日本にいるみんなのことを考えながら諦めず頑張ろうと思っていました。

Q.大学に進学された後は、どれくらいの時間をバスケットボールに費やされていましたか?勉学との両立も大変でしたか?

八村さん)

大学1年生の時が一番大変でした。

バスケも勉強も日本とは全く違いましたし、英語でのコミュニケーションがとても難しかったです。

バスケでは一応日本人のスタッフのサポートもいましたが、コーチやチームメイトとコミュニケーションを取るのがとても大変でした。

また、日本のバスケとアメリカのバスケの違いもすごくありましたので、それに慣れるのに少し時間がかかりました。

勉強では英語のレッスンを受けながら、他の授業も受けていたので、スケジュールがとても忙しかったです。

初期では学生アスリートとしてバスケと勉強のバランスをとる事が難しかったですが、2年生になって自分のリズムを作れるようになり、徐々に環境になれました。

最初は辞めて日本に帰ろうかと考えました。

生活のバランスを取るのがとても難しかったですし、すごく色々と悩みました。諦めようとも思いました。

ただ、アメリカに来ても色々な方からのサポートもありましたし、僕を気にかけてくれた人達もたくさんいて、本当に感謝しています。

Q.大学在学中、バスケットボール以外にも何か取り組んだことや没頭したものはありますか?悩んだ時は誰に相談したりしていましたか?どのように乗り越えられていましたか?

八村さん)

ゴンザガ大学ではいろんな国から来た生徒がたくさんいました。

チームでも何人か海外から来ていた選手がいたので、一緒に色んなことを学びました。

「僕一人だけが違う国から来ていないんだ、周りのチームメイトも色々と苦労しているんだ」と思い、みんなお互いの悩みを相談しながら乗り越えられました。

そこからチームの関係もすごく良くなり、コート上のプレーもすごく良かったと思います。

チームワークが築きあげられて、僕にとってはチームメイトであり、本当に大切な親友を作る事が出来ました。

Q.その後、米国バスケットボールチームから、日本人初のドラフト1巡目指名を受けました。夢をつかんだ…その時の心境はいかがでしたか?プレッシャーなど感じましたか?

八村さん)

ドラフトの指名を受けた時は本当に嬉しかったです。

家族も日本から来ていて、一緒にその瞬間を祝うことができたことは人生の誇りです。

プレッシャーはあまり感じなかったです。ただすごく楽しみで、早くバスケがしたかったです。

Q.実際に米国バスケットボールチームでプレーし結果を残されていますが、夢をつかむ前(学生時代)とプロになった後(現在)で何か心境の変化はありましたか?
モチベーションが落ちそうな時や、体調管理など、どのようなことに日常的に気を付けられているか教えてください。

八村さん)

プロになってからもっと体の管理に励むようになりました。

学生時代のスケジュールとは違いますし、試合数が一気に増えましたので、プロになってからの1年は色々と自分の体の事やどのようなメソッドでリフレッシュした方がいいのかを学びました。

シーズン中は自分のルーティンを作るのがどれぐらい大切なのかが分かりました。

オフの日も体のケアのためにチームの医療スタッフに治療を頼んだり、家でケアをしたりしています。

リフレッシュするためにはテレビや映画を見たり、ゲームしたり、音楽聴いたりしています。

Q.八村選手のように…とまではいかないまでも、夢や目標に向かって頑張っている学生たちや同世代の方たちも多いと思います。
壁にぶち当たってくじけそうになった時、目標を見失いそうになってしまいそうになった時、八村選手だったらどのように対処されますか?

八村さん)

一番大事なのは夢を忘れないように、諦めずに頑張っていく事だと思います。

見失いそうになる事や壁に当たってくじけそうになる時もいっぱいあると思いますが、“自分の目標を忘れずにとにかく近づこうとする”のが大切だと思います。

後は“楽しむ事”ですね。

楽しむ事によって辛い気持ちも忘れると思いますので、夢に向かう事によってエンジョイしているかがすごく大事だと思います。

Q.最後に、八村選手のこれからの目標をお聞かせください。

八村さん)

来シーズンはプロになって4年目になりますが、レベルをさらに上げるのが今の目標です。

体の管理もしっかりし、オフシーズンで鍛えて、フルシーズンをプレーしたいと思っています。そしてちゃんとチームに貢献しプレーオフを目指したいと思います。

取材)2022年5月某日

時代の変化と共に、夢や目標があっても、それに向かって頑張っていると口に出しづらいと感じたことはありませんか?

また、コロナ禍の影響などで、夢や目標との向き合い方が難しくなってしまったと感じたことはありませんか?

でも、その夢や目標を達成するためには、八村さんのように「自分の目標を忘れず、少しでも近づこうとする」という努力が必要です。

時間はかかっても一歩でも前に進むことが出きれば、目標との距離は確実に縮まるはず。

リポビタンDは、前に進もうとするあなたを応援しています。