肥満で老化が進む、とはどういうことでしょうか？ 男女共に内臓脂肪の量が増え過ぎると、様々な病気を引き起こすことが、近年の研究で分かってきました。その理由の1つが「炎症」です。炎症とは体内に侵入した外敵や、悪い物質と戦って死んでしまった自分の細胞を守ろうとして、体が防御反応を起こしている状態です。

体内に内臓脂肪が過剰に蓄積されると、脂肪細胞から炎症性物質が分泌されます。血糖値を上げる物質「TNF-α」もその1つです。TNF-αはインスリンの働きを妨げるため、糖尿病を起こしやすくなります。

脂肪細胞が分泌した炎症性物質が血液中に流れ出し、血管を通って全身を巡ることで体に炎症が起こりやすくなり、炎症が慢性化すると、様々な病気のリスクが高まります。

自覚症状はなくても日々、炎症は体の至る所で起こっています。血管には修復機能があるため、炎症がすぐに治まれば修復されますが、炎症が長引いて慢性化すると、血管内は焼け野原状態に……。そのまま放置すると動脈硬化や血栓を招いてしまいます。

慢性炎症は、内臓脂肪の多い少ないにかかわらず、加齢によって血管が老化する高齢者に特徴的な症状です。年を重ねると免疫が老化して、炎症が起こりやすいのは仕方のないことと考えられてきましたが、慶應義塾大学医学部の研究チームの行ったマウス実験^※1で、内臓脂肪型肥満の体内でも、加齢に伴う老化が起こることが確認されました。

若い健康なマウスを脂肪の多く含む餌で太らせ、内臓脂肪型肥満の状態にし、その免疫細胞を調べたところ、本来なら若いマウスがもつはずのない老化したTリンパ球が激増したのです。

これは加齢による免疫の老化と同じ現象であり、内臓脂肪が増え過ぎると、若くても免疫の老化が起きることに、大きな注目が集まっています。

内臓脂肪がたまった体は、知らず知らずのうちに内臓の老化が進行しています。内臓脂肪をためたままにしていると、以下のような病気の発症リスクが高いことを、しっかり理解しておきましょう。
 

・糖尿病（2型）
内臓脂肪がたまると、インスリンへの反応が弱くなり、血糖を下げる効果が弱まります。膵臓（すいぞう）はそれを補おうとしてインスリンの分泌を増やしますが、やがて疲弊し分泌量が減少します。その結果、血糖値が高い状態が続き、最終的に2型糖尿病を引き起こします。

・高血圧症
高血圧は血圧が高い状態のことで、肥満によって発症しやすい代表的な生活習慣病のひとつです。内臓脂肪が増えると、血圧を下げる働きのある「アディポネクチン」の分泌が減少し、動脈硬化や高血圧のリスクが高まります。また、肥満に伴う運動不足や、塩分の過剰摂取といった生活習慣も、高血圧の発症に関係しています。

・脂質異常症
血液中の脂質（LDLコレステロールや中性脂肪など）が基準より多い状態を「脂質異常症」といいます。この状態は動脈硬化を促し、脳卒中や心筋梗塞、狭心症といった重大な疾患のリスク要因となります。

・代謝機能障害関連脂肪性肝疾患（MASLD）
かつて「非アルコール性脂肪性肝疾患（NAFLD）」と呼ばれていた病気で、アルコール以外の原因、主に肥満や糖尿病によって肝臓に脂肪がたまり、肝機能が低下します。進行すると肝硬変や肝がんのリスクが高まります。

・高尿酸血症、痛風
肥満度の上昇によって、血液中の尿酸が増えやすくなります。これが関節内で結晶化すると炎症を起こし、激しい痛みを伴う「痛風」になります。尿酸値の上昇は肥満と深く関係しています。

・狭心症、心筋梗塞
肥満が進むと動脈硬化が起こりやすくなり、心臓に酸素と栄養を送る冠動脈が狭くなります。これにより血流が不足し、一時的な胸の痛みを起こすのが「狭心症」、血管が完全に詰まり心筋が壊死するのが「心筋梗塞」です。特に心筋梗塞は突然死の原因となる可能性があります。

・脳卒中
脳卒中は動脈硬化の進行により、脳の血管が詰まったり破れたりすることで発生します。脳の一部が障害を受け、重度の後遺症や死亡に至ることもあります。肥満はその大きな危険因子の一つです。

・慢性腎臓病
肥満に起因する高血圧や高血糖、高尿酸血症などの状態が長く続くと、腎臓に慢性的な負担がかかります。これにより腎機能が徐々に低下し、慢性腎臓病が発症・進行します。初期には自覚症状がなく、進行すると透析や腎移植が必要となるケースもあります。

・認知症
内臓脂肪型肥満は、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症などの発症リスクを高める要因のひとつと考えられています。

・がん
内臓脂肪の蓄積は、閉経後の乳がんや大腸がん、肝臓がん、子宮内膜がんなどの発症リスクを高めることが分かっています。

・新型コロナなど感染症の重症化
内臓脂肪は体内で慢性的に小さな炎症を起こす「サイトカイン」を産生するため、体は慢性的な炎症状態に陥ります。風邪やインフルエンザ、新型コロナなどのウイルスに感染すると、炎症が急激に悪化し大量のサイトカインが放出されるため、より感染症が重症化しやすいとされています。

たとえ若くても、内臓脂肪を蓄積し続けると内臓が老化するのと同様に、脳の老化も引き起こす可能性があることが、最新の研究によって明らかになりました。

東邦大学医学部薬理学講座の武井義則准教授と杉山篤教授、京都大学大学院薬学研究科の平澤明准教授、大阪医科薬科大学薬学部の天ヶ瀬葉子准教授らの研究グループは、内臓脂肪組織の老化が脳の老化の引き金になり得ることを、マウスを使った研究結果から見いだし、注目が集まっています^※2。

内臓の脂肪組織はタンパク質CX3CL1を生成し、本来なら神経細胞の維持を助けるBDNF（脳由来神経栄養因子）の生成を促して、認知機能を改善します。そう聞くと「なんだ、内臓脂肪があってもいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、脂肪組織の感受性が低下（老化）すると、BDNFの生成をうまく促せなくなることが分かったのです。このマウスの実験により、人間でも中年期の内臓脂肪の増加が、脳の老化に関与する可能性が示唆されました。内臓脂肪を蓄積したまま年を重ねていくと、内臓脂肪組織の老化によりタンパク質CX3CL1や脳のBDNFのレベルが低下し、脳の老化を引き起こす可能性があります。脳の老化防止や認知機能維持のためにも、内臓脂肪を減らす生活習慣の改善が大切です。

肥満は見た目だけの問題ではないことは、もうお分かりいただけたでしょう。肥満は老化と病気の加速装置でもあります。肥満と気づきながら何も対策を取らずに、老化を加速させるか、内臓脂肪を減らし、増やさない生活に今すぐ変えるかで、その先は大きく変わってきます。自分の健康にとってよりよい行動に移していきましょう。